「価格で戦わない」——これが地方の小さなパン屋が生き残るための唯一の答えかもしれません。岩手県で2014年に開業し、地元農家3軒と直接契約した小麦だけを使うと決めた一人のオーナーが、10年間で年商を300万円から850万円に伸ばした軌跡を追います。
なぜ「農家直送」を選んだのか
開業当初、オーナーのCさんは製粉会社から輸入小麦を仕入れる一般的な方法でパンを作っていました。しかし開業1年目の年商はわずか300万円。「近隣のスーパーでも売っているパンと、何が違うのかを説明できなかった」とCさんは振り返ります。
転機は開業2年目、地元農業イベントで出会った小麦農家との対話でした。「岩手にもパン向きの小麦を育てている農家がいる。でも買ってもらえないから、みんな飼料用に売るしかない」という言葉が刺さりました。
農家直送を選んだ3つの理由
- 「なぜこのパンは高いのか」を語れる理由になる
- 地元農家との連携というストーリーが地域メディアに取り上げられやすい
- 輸入小麦の価格変動リスクをヘッジできる
農家との契約と価格設定
現在Cさんは岩手県内の農家3軒と年間契約を結んでいます。契約内容は「年間使用量を事前に確定し、価格を1年固定」という形です。
| 農家 | 品種 | 用途 | 年間仕入れ量 |
|---|---|---|---|
| A農場 | ゆきちから | 食パン・ロール系 | 約600kg |
| B農場 | 南部小麦 | バゲット・カンパーニュ | 約400kg |
| C農場 | 春よ恋 | デニッシュ・菓子パン | 約300kg |
国産小麦の仕入れ単価は輸入小麦の1.5〜2倍ですが、「国産小麦100%使用」「農家の名前が見える小麦」という訴求力がそのまま価格転嫁につながります。平均客単価は開業当初の約650円から現在は約1,200円に倍増しています。
10年間の成果と転換点
年商の推移
| 年 | 年商 | 主な変化 |
|---|---|---|
| 2014年(開業) | 約300万円 | 輸入小麦で開業 |
| 2016年 | 約380万円 | 農家直送に切り替え開始 |
| 2018年 | 約520万円 | 地元紙に掲載・認知拡大 |
| 2020年 | 約600万円 | EC通販開始(コロナ禍) |
| 2022年 | 約720万円 | 農家名を表示したパン袋を導入 |
| 2024年 | 約850万円 | 農場見学ツアーをイベント化 |
転換点①:地元メディアへの露出(2018年)
農家直送の取り組みが岩手の地元紙に掲載されたことで、一気に認知が広がりました。「パンを買うことで地元農業を応援できる」というメッセージが読者の共感を呼び、遠方からの来客が増えました。プレスリリースは自分で書いて地元紙の編集部に直接メール送信したと言います。
転換点②:パッケージに農家の名前を入れる(2022年)
パンの袋に「○○農場の小麦使用」と農家名を印刷したことで、お客様が「どの農家のパンか」を意識して選ぶようになりました。農家名の違いをストーリーとして語れるスタッフを育てたことも売上増加につながっています。
転換点③:農場見学ツアーのイベント化(2024年)
年2回(春の麦の成長期と秋の収穫期)、お客様を農場に連れて行くバスツアーを企画。1回15名・参加費3,000円(昼食付き)のイベントは毎回即満席になります。参加者がSNSでシェアするため、広告費ゼロで認知拡大が続いています。
農家直送モデルの始め方
ステップ1:地元農家を探す
都道府県農業試験場や農業協同組合に「製パン適性のある小麦を作っている農家を紹介してほしい」と相談することが近道です。農業イベント・マルシェへの参加も農家との出会いの場になります。
ステップ2:小ロットから試験的に始める
いきなり全量を切り替えるリスクは高いです。まず主力1商品(例:食パン)だけを国産小麦に切り替え、お客様の反応を見てから拡大する方が安全です。
ステップ3:「なぜこの小麦か」を語れるようにする
農家の顔・場所・品種のストーリーをPOPやSNSで発信し続けることが差別化の核心です。農家名と産地を表示するだけで、同じパンが「地域の物語を持つ食品」に変わります。
まとめ
農家直送モデルの本質は「価格競争から降りる」ことです。輸入小麦より高いコストをかけてでも、「なぜこのパンなのか」を語れるブランドを作ることが、地方の個人パン屋が10年続く経営の条件になります。まず地元の農業イベントに行き、小麦農家と話すことから始めてみてください。
※事例は取材をもとに構成。個人・店舗が特定されないよう一部変更しています。